広島自治体問題研究所
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2025広島県政白書をつくろう NO.4
刊行される!!!

 (2025/04/01)
 
広島県政白書が出来ました。
 第6次となりますが、広島県政を4年ごとに振り返り、今を知ることをこのような冊子で見る活動の改めて大切さを感じています。
 湯崎県政、4期16年がいかほど県政を衰弱化させてきたか、各分野の方々が語られている姿を一同に総合的に見て初めてその悲惨さがはっきりします。
 各分野の執筆者の思いがヨコに繋がり、全体を前に進めるためにも、ぜひ全体を読んで再認識して頂きたい冊子です。
 過去・現在・未来と物事が繋がっていきますが、私達の生活・暮らしがよりよく成長・発展させていくには、不断の努力が必要だと憲法に述べられており、私たちはこれ等を実践してきました。来る11月にはその成果が見られることを期待します。
 今回も300部印刷されました、近くの本屋さんにないのがいけませんが、各民主団体・広島自治研に問い合わせてください。
 
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2025広島県政白書をつくろう NO.3
 

 (2024/04/18)
  民主県政をつくる土台は何か。
「今こそ地方自治を住民の手に」の本の流れから、宮本健一さんがおおいに語っています。今回の県政白書の捉え方を学んでみます。

1.新憲法下における地方自治研究の未確立と自治研運動の構想づくり
  新憲法第8章に地方自治団体の組織運営が規定されていますが、日本の場合、地方行財政や地方自治は大正デモクラシー前後の一時期を除き、必ずしも学会や研究者のなかでは十分な議論・研究がされていなくて、憲法学者でも、「民主的な中央政府があれば地方自治も民主的になる」という考え方が多かったのです。
 ところが財政の確立がないもとで、「地方財政再建促進特別措置法」という地方自治を侵害するような法律が年に作られたのですから、たちまち地方財政が困窮に陥ってて多くの自治体が、当時多発した台風などの災害復旧の費用すら支出できない状態になった。当時自治労連と自治労協という自治体労働者の労働組合が統一し(年)自治労が発足しました。その後、「地方自治とは何か」「地方行財政はどうあるべきか」ということを勉強する必要が生まれた。
 自治研運動をめぐっては、研究者と労働組合との間に重要なことについて意見が分かれていました。自治労としては「自治研は自治労のための組合活動である」として研究者は「そうじゃない、これは国民の自治研あるいは市民の自治研運動であって、決して組合・自治体労働者だけの研究集会ではない」としていました。

このときは閃々汲々の議論の末、妥協案のようなもので「自治研活動とは、住民の地方自治を守り、民主主義を発展させるための自治労の運動」とすることで、とりあえず落ち着きました。
2.自治体問題研究所設立大阪でスタート
 そんな経過もあって、このままでは、自治研運動の本来の狙いである、市民の手に地方自治を取り戻す運動にならない、自治労が「うん」と言わなければ動かないのでは困ると言うことで、本来の市民の自治研・国民の自治研というものを研究し活動する研究所を作るようになったのです。
設立を支えた衛都連の行動綱領草案(発表)には、地域住民の要求を基礎にして自治体の民主化をかちとり、真の地方自治を実現するため、「地域住民の繁栄なくして、自治体労働者の幸福はない」と述べています。もう一つは、高度経済成長期の都市政策の先端を走っていたのが当時の大阪だったと言ことで、大阪府は企業局を作り、知事部局から完全に行財政系が独立する形で、社会資本を全部作る、サービスをする、収入も確保する、そういうすごい部局が活動していたのです。
ですが、全国的にも地域版の自治体問題研究所づくりが進んできましたし、事務所が大阪だと情報が当時の自治省とか政府の動きの情報があまり入らないのです。本が売りにくいのです。10年後の年に事務所を東京に移すことになりました。

3.革新自治体成立の基盤となった自治研活動
  当初の自治研活動は、職場自治研と呼ばれていて、自治体の実際の姿がどうか、福祉の施策や職場の実態がどうだとか、公共事業がどうなっているかという風に、部門別のそれをどう民主化するかが中心だったのです。
 日本の高度経済成長(−年)の中で地域開発が行われていて、一方で住民福祉が侵害されている、公害が起こっているじゃないかと、いうことで、研究者からも「総合的な政策批判の自治研にせよ」「職場自治研に留まらず政策自治研にすべき」という議論されて、自治研の年の第回静岡集会が最初の政策自治研になりました。
 そこでの大きなテーマは「地域開発の夢と現実」。これは実際に多くの自治体が将来展望として、ものすごいお金をつかって、港湾を作り、道路、ダムをつくり、工場を誘致していたので、そこから起こっている住民生活の侵害の実態を明確にしよう。地方行政というのは企業の奉仕をするようなものではないと、そのことを明確にしたのです。
 四日市の公害問題が引き金になって、全国に公害反対運動が起こり始めます。それで勝利して、市民運動というものが一定の社会運動として認められるようになりました。社会運動というのは、労働運動と市民運動という二つの運動を結合して進んでいかなきゃならないんだと言うのが60年代に出来てきたわけです。そういう意味では、自治研活動は非常に大きな役割を果たしたのです。
 革新自治体が成立することが出来たのは、もちろん社会党・共産党の両党や総評、これが実際に主力となったことは確かなのですが、公害反対運動が、住民福祉を求める運動として、この時から力を持つようになったからです。

革新自治体とは、
 政府直結の地方政治を行うのではなく、野党とその支持者や労働組合、さまざまな住民団体などに支持基盤を置いた首長のもとにある地方自治体の事を言います
 代表的な例として、都道府県では
           蜷川虎三の京都府(1950〜1978)、美濃部龍吉の東京都(1967〜1979、
    黒田良一の大阪府(1971〜1979)、長洲一二の神奈川県(1975〜1995)、
    屋良—平良知事時代の沖縄県(1972〜1978)。
 市町村でも大きく広がり 1978年には、8都府県、4政令市、97市、4特別区。97町村の210自治体、人口480万人(総人口の44%)にも上りました。
 しかし、こうした政治状況に危機感を持った当時の政権党自民党は、革新政党の一部や、住民運動に対して、反共意識をあおるなどで分断するともに、「職員厚遇」「ばらまき政治」など、事実無懇の熾烈な攻撃を展開し、財政・経済政策の不在などの弱点とも相まって、年代後半から徐々に後退していきました。

 




     
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2025広島県政白書をつくろう NO.3
 

 (2024/04/18)
 
民主県政をつくる土台は何か。
「今こそ地方自治を住民の手に」の本の流れから、宮本健一さんがおおいに語っています。今回の県政白書の捉え方を学んでみます。

1.新憲法下における地方自治研究の未確立と自治研運動の構想づくり
  新憲法第8章に地方自治団体の組織運営が規定されていますが、日本の場合、地方行財政や地方自治は大正デモクラシー前後の一時期を除き、必ずしも学会や研究者のなかでは十分な議論・研究がされていなくて、憲法学者でも、「民主的な中央政府があれば地方自治も民主的になる」という考え方が多かったのです。
 ところが財政の確立がないもとで、「地方財政再建促進特別措置法」という地方自治を侵害するような法律が年に作られたのですから、たちまち地方財政が困窮に陥ってて多くの自治体が、当時多発した台風などの災害復旧の費用すら支出できない状態になった。当時自治労連と自治労協という自治体労働者の労働組合が統一し(年)自治労が発足しました。その後、「地方自治とは何か」「地方行財政はどうあるべきか」ということを勉強する必要が生まれた。
 自治研運動をめぐっては、研究者と労働組合との間に重要なことについて意見が分かれていました。自治労としては「自治研は自治労のための組合活動である」として研究者は「そうじゃない、これは国民の自治研あるいは市民の自治研運動であって、決して組合・自治体労働者だけの研究集会ではない」としていました。

このときは閃々汲々の議論の末、妥協案のようなもので「自治研活動とは、住民の地方自治を守り、民主主義を発展させるための自治労の運動」とすることで、とりあえず落ち着きました。
2.自治体問題研究所設立大阪でスタート
 そんな経過もあって、このままでは、自治研運動の本来の狙いである、市民の手に地方自治を取り戻す運動にならない、自治労が「うん」と言わなければ動かないのでは困ると言うことで、本来の市民の自治研・国民の自治研というものを研究し活動する研究所を作るようになったのです。
設立を支えた衛都連の行動綱領草案(発表)には、地域住民の要求を基礎にして自治体の民主化をかちとり、真の地方自治を実現するため、「地域住民の繁栄なくして、自治体労働者の幸福はない」と述べています。もう一つは、高度経済成長期の都市政策の先端を走っていたのが当時の大阪だったと言ことで、大阪府は企業局を作り、知事部局から完全に行財政系が独立する形で、社会資本を全部作る、サービスをする、収入も確保する、そういうすごい部局が活動していたのです。
ですが、全国的にも地域版の自治体問題研究所づくりが進んできましたし、事務所が大阪だと情報が当時の自治省とか政府の動きの情報があまり入らないのです。本が売りにくいのです。10年後の年に事務所を東京に移すことになりました。

3.革新自治体成立の基盤となった自治研活動
  当初の自治研活動は、職場自治研と呼ばれていて、自治体の実際の姿がどうか、福祉の施策や職場の実態がどうだとか、公共事業がどうなっているかという風に、部門別のそれをどう民主化するかが中心だったのです。
 日本の高度経済成長(−年)の中で地域開発が行われていて、一方で住民福祉が侵害されている、公害が起こっているじゃないかと、いうことで、研究者からも「総合的な政策批判の自治研にせよ」「職場自治研に留まらず政策自治研にすべき」という議論されて、自治研の年の第回静岡集会が最初の政策自治研になりました。
 そこでの大きなテーマは「地域開発の夢と現実」。これは実際に多くの自治体が将来展望として、ものすごいお金をつかって、港湾を作り、道路、ダムをつくり、工場を誘致していたので、そこから起こっている住民生活の侵害の実態を明確にしよう。地方行政というのは企業の奉仕をするようなものではないと、そのことを明確にしたのです。
 四日市の公害問題が引き金になって、全国に公害反対運動が起こり始めます。それで勝利して、市民運動というものが一定の社会運動として認められるようになりました。社会運動というのは、労働運動と市民運動という二つの運動を結合して進んでいかなきゃならないんだと言うのが60年代に出来てきたわけです。そういう意味では、自治研活動は非常に大きな役割を果たしたのです。
 革新自治体が成立することが出来たのは、もちろん社会党・共産党の両党や総評、これが実際に主力となったことは確かなのですが、公害反対運動が、住民福祉を求める運動として、この時から力を持つようになったからです。

革新自治体とは、
 政府直結の地方政治を行うのではなく、野党とその支持者や労働組合、さまざまな住民団体などに支持基盤を置いた首長のもとにある地方自治体の事を言います
 代表的な例として、都道府県では
           蜷川虎三の京都府(1950〜1978)、美濃部龍吉の東京都(1967〜1979、
    黒田良一の大阪府(1971〜1979)、長洲一二の神奈川県(1975〜1995)、
    屋良—平良知事時代の沖縄県(1972〜1978)。
 市町村でも大きく広がり 1978年には、8都府県、4政令市、97市、4特別区。97町村の210自治体、人口480万人(総人口の44%)にも上りました。
 しかし、こうした政治状況に危機感を持った当時の政権党自民党は、革新政党の一部や、住民運動に対して、反共意識をあおるなどで分断するともに、「職員厚遇」「ばらまき政治」など、事実無懇の熾烈な攻撃を展開し、財政・経済政策の不在などの弱点とも相まって、年代後半から徐々に後退していきました。

 



     
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2025広島県政白書をつくろう NO.2

 (2024/04/05)
   NO.1で、まず第一として、湯崎県政の始まりの時期は2009年11月であり、この時期は平成の大合併、権限移譲など新自由主義の波が全国にわたり、湯崎知事はその波をアメリカで実践し、日本に帰り広島県行政の場で具体化のために広島県知事として登場したとみられています。と言っていますが、この流れはどこから出てきたのか。
湯崎知事発足までの地方自治体の変化を見てみると、各種の規制緩和や民営化を推進することにより、地方自治体の大規模開発がしやすい仕組みづくりが、小泉内閣の2001年に設置された第27次地方制度調査会の答申(2003年)で、市町村合併とともに都道府県の合併・道州制について提言されています。小さな市町村や県の存在が、グローバルな市場競争には取り組んでいる大企業にとって「障害」となっており、企業の成長を図るためには必要だったのです。そこには住民の暮らしはありませんでした。
 また、日本経済連は、この道州制導入を「究極の構造改革」とも位置付けていましたが、そこには住民自治や住民の福祉向上を図る憲法の視点は全くなかったのです。
「平成の大合併」は、2005年度末には、1821自治体となり、2010年3月末日には市町村数は1751となり、2010年3月までで一区切りすることが適当である」と結論付け終焉を迎えています。この時期に登場した湯崎県政はこの平成大合併が持っていた大きな問題には一切関心を持っていないのでした。
その問題とは「単に法律で地方公共団体として取り扱われているだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識を持っているという社会的基盤が存在し、沿革的に見ても、また、現実の行政上の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権など地方自治の基本的権限を附与された地域団体の消滅。「平成の大合併」で広島県は83自治体から23市町になった。矛盾が広がるのは当然だったといえます。合併推進の旗振り役であった西尾克氏自身も、2014年度末の参議院の調査会で合併や三位一体の改革が地方を惨憺たる状況に追いやったと認める証言をしたのです。このような惨憺たる状況が広島県内にも作られていたのです。
2009年8月に民主党政権が発足しますが、同政権は「地域主権改革」を訴えましたが、道州制や規制緩和、「新しい公共」の導入を掲げており、それまでの地方分権改革の流れを大きく転換することはありませんでした。2012年12月には、民主党政権は終焉し、第二次安倍晋三政権が発足しました。
2009年11月に湯崎知事が誕生したのです。
この第二次安倍政権のもとで、新たな地方制度改革の流れが強まって、その起爆剤が、2014年の「自治体消滅」論であり、それを前提にした地方創生政策の開始でした。
このような実態には目もくれないで、安倍内閣の優秀生として湯崎知事は今日あります。
ではその安倍内閣以降の地方政治はどう仕組まれてきたのでしょうか。
それは、戦争する国づくりで、地方自治は「分権」から「集権」への逆流が大きく現われました。この度、地方自治法の改正が行われるのです。大規模災害や、感染症蔓延などのさいの国民の生命・身体や財産の保護を名目に、「補充的指示権」として国による地方自治体の自治権制限を撃ちだしたのです。「地方分権」から「中央集権」へと時計の針が逆転し、「戦争する国づくり」への地方自治体の動員体制が行われているのです。
このことに湯崎知事は何も言っていないのです。
 安倍内閣政権以降、全自治体に「集中改革プラン」策定を求めこれにより自治体職員及び猶予の削減木曜の徹底がされ、アウトソーシングや指定管理者制度、PFI,市場化テストの導入が推進されたのです。これらの事業で民間企業が雇用する人々の多くが非正規労働者であり、官製ワーキングプアを生み出したしまったのです。何よりも公務職員数の削減は、災害時での安否確認や救援活動、日脚調査復旧事業に大きな支障をきたすことになりました。国が推奨するデジタル化やドローンは、大災害時において、直接、住民の命を救うことはできないのです。その後、地方創生総合戦略には数値目標が設定され、その中には学校の統廃合を含む公共施設等の縮減も入れられ、国の施策に対応した数値目標が達成できたところほど予算配分を置くする財政誘導が盛り込まれていきました。マイナンバーカード普及率をその評価指標に入れるなど、国による財政誘導策は強化されてきたのです。
 コロナ禍で安倍政権が崩壊し、菅義偉内閣が誕生しましたが、菅内閣はデジタル庁を設置し、国家主導でトップダウン的な自治体のデジタル化(DX化)を強引に進め、自治体が保有する膨大な個人情報を国の個人監視委システムやビジネス資源として民間企業で活用できる仕組みも作ってきました。その際、住民の個人情報を守ってきた地方自治体の個人情報保護条例を法律によって骨抜きにした点も大きな問題です。
 岸田文雄内閣は、米国との軍事同盟を最優先する形で、軍事力の増強とともに、経済安全保障の名による各種統制を強めています。それが第33次地方制度調査会答申での、中央集権的な国の地方自治体への「指示権」創設の提言に繋がっています。
 
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(県政白書ニュースNO.pdf)
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2025広島県政白書をつくろう NO.1 広島自治研・県政研 2024.3.1
 

 (2024/03/01)
 
広島自治体問題研究所会員の皆さんへ
広島自治研の活動で、県政白書作成が掲げられ、具体的に、行動提起が行われました。ついてはこれから作成まで、「2025広島県政白書をつくろう」と、呼びかけメール・インターネットを出していきますので、ご参加下さいますようお願いいたします。
 Copilotでは都道府県の役割として、@広域にわたる事務(広域事務)A市町村に関する連絡調整に関する事務(連絡調整事務)B一般の市町村が処理することが適当でないと認められる事務(補完事務)を挙げています。
 しかし、私たちは、第2次大戦の惨禍から多くを学び、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、国の政治が、国民の、国民による、国民のためのものであうという人類普遍の原理に基づく日本国憲法が制定された。それにもかかわらず、今再び、政府はひたすら戦争の準備をはじめ、地方自治制度の変質を行ってきました。
 このことは、広島県政白書が1981年「みんなでみつめた広島県政」・1985年「点検―ひろしま」に作り、再開後2013年「新自由主義県政と県民生活」になり、2017年「県民に寄り添う広島県政へ」・2021年「いのちとくらしをまもる広島県政へ」となり、広島県政を県民の視野から総括したことからも伺えることです。そして、これから第6次広島県政づくりに入ろうとしているのです。
 過去、この県政白書の作成は、民主的な人々に4年に1度の集まりをもって総括し、県民視線から、県政を振り返る作業となっていますが、またもや、この4年に1度の作業を行う時期が来たのではないかと、広島自治研・県政研でも話題になり、広島自治研事務局への提案が行われてきました。
 では、これからの具体的作業内容などについてはどうなっているのでしょうか。
 まず第一として、湯崎県政の始まりの時期は2009年11月であり、この時期は平成の大合併、権限移譲など新自由主義の波は全国にわたり、湯崎知事はその波を県行政の場で具体化せんがために広島県知事として登場したとみられています。
 この当時を見るのには、2013広島県政白書の懇談会の記述が最適ではないでしょうか、標題も「新自由主義県政と県民生活」となっており、これを読み返すことから始めましょう。この波が現在どうなってきたのか、みなさんも読み返した感想を文語800字くらいにまとめて送ってください。
なお、そのた県政白書作成に関するご意見があればいつでもお受けしますのでよろしくお願いします。
 

もう一度読み返そう

 (2023/11/13)
 
広島自治研より皆さんへ
 日本社会はあれよあれよと戦争のできる国に変えられていますが、地方自治体はどう変わったのでしょうか、
【第65回自治体学校記念講演】厳しさが増す自治体をめぐる状況…では、どうすればいいのか?
中山 徹(なかやま とおる)先生の講演をふりかえって抑えてみれ判ることがあります。下記のような項目で話されていますし、その項目ごとに答えが出ています。
 @この1年を振り返ってみると
 A少子化対策=財源論の限界
 B企業の成長戦略としてのデジタル化
 C自治体で起きていること
 D「異次元の少子化対策」は出生率アップの切り札になるか?
 E地方政治を変えるのは女性と若者の投票率アップ
 F地方政治を変える要件
 Gどうすれば自治能力の高い市民を育成できるか?       

たちまちは、月刊『住民と自治』 2023年10月号を探し出し、読んでください20分で読めます。また、つづきに東京都杉並区長杉本聡子さんお講演も載っています。実戦での行動が、細やかに述べられ、このような政治家を育てなければと思います。
是非読み返して力にしてください。
厳しさが増す自治体をめぐる状況…では、どうすればいいのか? | 論文 | 自治体問題研究所(自治体研究社) (jichiken.jp)

広島県議会動きニュースNO2

 (2023/11/07)
 
 県議会ニュースがNO1/NO2と出され、これらを活用して、「清潔で温かい民主県政をつくる会」が再開され「9月議会・県政報告会」が開催されました。参加者20人、オンライン16人と久しぶりの開催となりました。
 県政報告では、藤井敏子・河村ひろ子両議員から「建設委員会」「文教委員会」の報告と合わせ、今の広島県議会の定数64人のうち新人県議が14人、女性県議が8人と議会内での新旧交代が一定程度進んだ。 一方、県議会をトップに伝統と権威を重んじる議会は、ネクタイ姿という伝統に重んじていたため、議会内のクールビズ(ノーネクタイ・ノージャケット)のとりくみが今年9月からやっと始まったにすぎない。また最大会派の自民議連は34人と過半数を占めており、依然としてオール与党の県議会の姿は変わっていないとの報告がありました。
 このような議会内で、この5月以降、は、「議会改革の要望書」を提出、9月議会では、「インボイス制度の実施延期を求める意見書」「現行健康保険証の継続を求める意見書」などの提出を行い、9月本会議の最終日には本会議場での討論が実現でき、病院統廃合問題、広島高速5号線30億円増額に反対の理由を述べています。
 県民の声を議会討論に届ける活動が真摯に行われています。議会外での県民の活動をまとめる「清潔で温かい民主県政をつくる会」の今後の活動を期待したいものです。
 辻県議が死亡された後、立派にその遺志を引き継ぐ活動が行われていることに敬意を示します。
 9月議会報告から建設委員会・6項目、文教委員会4項目、決算特別委員会から3項目計13項目について両議員の報告がありましたが、この中から、皆さん再度確認してほしいことは、広島県が、公共事業の民営化、を進める一方、「住まいは人権」「住民福祉の増進」を遂行すべき地方自治体の役目を十分果たしていない、
 そのような自治体で、広島県*アダプト活動団体認定を161団体作っていますが、重労働と金銭的負担も大きく本来の養子縁組ではなく、公共事業の県民への押し付けになっていないでしょうか。県営住宅の激減で、今後の住宅確保対策に責任を取っていません。などなど、今後とも、気を付けていかなければならないことが多く、多くの県民に知らせていきましょう。
*アダプト制度とは、一定区画の公共の場所を養子にみたて、市民がわが子のように愛情をもって面倒をみ(清掃美化を行い)、行政がこれを支援する制度である。一部地域ではアドプト・プログラムと表記している。アメリカテキサス州では、高速道路でのごみの散乱がひどく、毎年増え続ける清掃費用に頭を悩ませていたため、市民に道路を維持管理してもらう目的で協力を呼びかけたのが始まりである

県議団ホームページ:日本共産党 広島県議会議員団 (kyodo-support.com)
 
DL:111.pdf

(9月県議会報告集会レジメ・資料(003).pdf)
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連絡先 〒730-0051 広島市中区大手町5丁目16−18    

Tel: 082(241)1713 Fax: 082(298)2304  E-mail: hjitiken@urban.ne.jp